写真:川平(かびら)湾
大寒の候 2025年正月気分が抜けるか抜けないかのうちに、石垣島に行きました。皆様はどんな年明けスタートとなったでしょうか?
まずはさておき、石垣島は暖かかった。昼間は20度を超えることもあり、地元の人は半袖の人も少なくありませんでした。朝晩はさすがに寒いので薄いジャケットなどが必要でしたが、それでも10度を下回らないのでやはりさいたまとは比べものになりません。もうそれだけで十分です。島なので風は強く雨が降れば暴風雨になりがちです、冬の間は特に天気の悪い日が多い。それでも、1月でも10月11月の秋のような気候なので十分OKでした。
飛行機での移動となりますので、福岡に行くのと感覚はあまり変わりません。乗ってしまったら2時間か3時間かの違いだけなので、あまり大きな差を感じません。そのうえ、テレビやインターネットで石垣島の情報が溢れているので、距離ほどの差を全く感じない。日本の南端に来たという感じがしませんでした。文化的距離は物理的距離よりもはるかに縮まっていると感じました。これは逆に石垣島の人にとっても、福岡や東京はそれほど遠い存在ではないと言えるのでしょう。そんな双方の距離感の近さを感じました。インターネット普及前や航空路の充実前と大違いでしょう。もちろん、人口5万人の石垣島と東京や160万人を超える福岡と規模の差はあります。でも、飛行機に乗ったら「はるばる来たぜ,石垣島」ではなかったということです。
3泊4日の正味は丸2日です。天気の良さそうな1日を1日観光ツアーにあて,天気の悪そうな1日を、博物館とバスで石垣島の最北端まで行くことにました。石垣島の中心街は南端です。島を回るには車がないと厳しい。石垣島は山岳地形です。しかも、沖縄県で本島、西表島に続く三番目に大きな島、バスでターミナルから北の終点平野まで1時間20分ほどかかります。北端まで行くバスは1日2便、行ったバスで帰ってくるしかありません。平野にはコンビニどころか商店ひとつありませんでした。
石垣島出身の4大有名人は、今なら具志堅用高、BIGIN、夏川りみ、大嶺祐太(千葉ロッテマーリンズ、甲子園八重山商工旋風)、先駆者として大濱信泉(のぶもと)(1891-1976、早大総長1954-1966)がいます。大濱さんの胸像及び記念館がありました。明治24年生まれ、石垣人に中央への道を拓いたパイオニアです。ADDressハウスはショッピングで有名なユーグレナモールから2分ほどのところにあり、バスターミナルやフェリーターミナルにも近くとても便利でした。今回は八重山諸島(西表島、竹富島、小浜島、黒島、波照間島など)には行きませんでしたが、石垣島はこれらの八重山諸島への起点です。また、家守さんが具志堅用高のお兄さんと同期で、個人的にも知り合いだったので具志堅さんのいろいろな話が聞けました。石垣島出身者筆頭はやはり具志堅用高。興南高校時代ボクシングで全国優勝しているので、スカウトされて進学したのかと思ったら、そうではなかった。島の高校入試に落ちて本島の私立の興南高校に行くしかなかった。考えてみれば野球やサッカー、相撲じゃあるまいし、中学でボクシングで頭角を表し高校にスカウトされることはありません。興南高校に行くまで全くボクシングはやってなかったし、行ってからもやる気はなかったそうです。しかもお母さんが格闘技が嫌いで、隠れてやっていたとのこと。それが屈指の世界チャンピオンとなり、国際ボクシング殿堂入りするのですから、人生ってわからない。
石垣島は暖かかったし、身近に感じました。来月、宮古島に行くので今回はこれぐらいにして,宮古島との比較をしてみたいと思います。
皆さんにおかれましては,健やかに,穏やかに日々過ごされることを心より祈念します。
Take it easy, and sleep soundly,
Take care,
みーふぁいゆー(石垣の言葉で「ありがとう」)